10月19日20:59:00
今日、目覚めた時、不思議なことを思いました。
もし、義務教育を受けておらず、文字も読めず、毎日、同じことの繰り返しを生きている人生だったとしたら・・・。
それでも、結構幸せで、それが当たり前と思って生きていくのだろうけど。でも、多分、人というのは、いつか自分の中から「いろんなことを知りたい」「他の世界も知りたい」「成長したい」という思いが溢れてきて、それで悩む時が来るのではないかと。
でも、字も読めないと、それを抜け出す方法に会う機会が少ない。その方法がわからない・・・とすれば、それはすごくむなしい気持ちを抱きながら生きていくことになるのではないかと、そんなことを思いました。可能性を感じること自体を諦めるというのは、とても哀しいことだと思います。
とすれば、文字も読め、いろんな情報や世界を知ることができるこの日本という国で生きていることって、すごくラッキーなことで、文句なんか言ってちゃバチが当たるな~という思いが沸いてきました。
ましてや、自分の選択した結果に対して原因を他に求めすぎたり、ラッキーなことがあった時でも、それを当たり前、自分のやったことの賜物だ~と捉えるだけだと、なにかを見逃すことにつながるな~と。
自分で自分の責任が取れるということは、すごくありがたいことですよね。教育って、そんな意味でもありがたい。「知る」ということの第一歩をすでに与えてくれているんだものね~と思いました。
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